ねびゆかむさまゆかしき人かな 源氏物語 垣間見 その3

源氏物語 若紫との出会い 垣間見 その3 原文

 つらつきいとらうたげにて、眉(まゆ)のわたりうちけぶり、いはけなくかいやりたる額つき、髪ざし、いみじううつくし。

ねびゆかむさまゆかしき人かなと、目とまり給ふ。

さるは、限りなう心をつくし聞ゆる人に、いとよう似奉れるがまもらるるなりけり、と思ふにも涙ぞ落つる。

尼君髪をかき撫でつつ、

「梳(けづ)ることをもうるさがり給へど、をかしの御髪(みぐし)や。

いとはかなうものし給ふこそ、あはれにうしろめたけれ。

かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを。

故姫君は、十ばかりにて殿に後れ給ひし程、いみじう物は思ひ知り給へりしぞかし。

ただ今おのれ見捨て奉らば、いかで世におはせむとすらむ」

とて、いみじく泣くを、見給ふも、すずろに悲し。

幼心地(をさなごこち)にも、さすがにうちまもりて、伏目になりて俯したるに、こぼれかかりたる髪、つやつやとめでたう見ゆ。

源氏物語 若紫との出会い 垣間見3 原文と現代語訳

 つらつきいとらうたげにて、眉(まゆ)のわたりうちけぶり、いはけなくかいやりたる額つき、髪ざし、いみじううつくし。

(少女は)顔つきが本当に愛らしくて、眉のあたりがほんのりと美しく、あどけなく無造作に髪を後ろへかきあげた額ぎわや髪の具合がたいそうかわいい。

ねびゆかむさまゆかしき人かなと、目とまり給ふ。

だんだん大きくなっていく将来の様子が見たい(ような)人だなあと、(源氏の君は)お目がひきつけられなさる。

さるは、限りなう心をつくし聞ゆる人に、いとよう似奉れるがまもらるるなりけり、と思ふにも涙ぞ落つる。

それはもう、このうえもなくお慕い申し上げる方(藤壺の宮)に、じつによくお似申しているのが注目されるのだった(見つめずにはいられなかったのだ[見つめずにはいられない理由なのだった】)、と思うにつけても涙がこぼれる。

尼君髪をかき撫でつつ、

尼君は(少女の)髪を撫で撫で、

「梳(けづ)ることをもうるさがり給へど、をかしの御髪(みぐし)や。

「髪をすくこともめんどうくさがりなさるけれども、きれいなお髪だこと。

いとはかなうものし給ふこそ、あはれにうしろめたけれ。

あまりに子供っぽくていらっしゃるのが本当に気がかりです(あまりに子供っぽくていらっしゃるのがふびんで気がかりです)。

かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを。

このくらいの年になれば、本当にこのようではない人もあるのに。

故姫君は、十ばかりにて殿に後れ給ひし程、いみじう物は思ひ知り給へりしぞかし。

亡くなった(姫君)あなたのお母さまは、十歳くらいで父君に先立たれなさった頃、大変よく物事がわかっていらっしゃいましたよ。

ただ今おのれ見捨て奉らば、いかで世におはせむとすらむ」

今日にも私が(あなたを)お残ししてあの世に行ってしまったら、(あなたは)どうやってお暮らしになるつもりでしょう。

とて、いみじく泣くを、見給ふも、すずろに悲し。

と言ってたいそう泣くのをご覧になるのも、なんとなく悲しいと(源氏の君は)お思いになる。

幼心地(をさなごこち)にも、さすがにうちまもりて、伏目になりて俯したるに、こぼれかかりたる髪、つやつやとめでたう見ゆ。

(少女は)幼心にも、やはり(泣いている尼君を)じっと見つめて、伏目になってうつむいている、その顔に垂れかかった髪が、つやつやと美しく見える。

源氏物語 若紫との出会い 垣間見 その3 現代語訳のみ

 (少女は)顔つきが本当に愛らしくて、眉のあたりがほんのりと美しく、あどけなく無造作に髪を後ろへかきあげた額ぎわや髪の具合がたいそうかわいい。

だんだん大きくなっていく将来の様子が見たい(ような)人だなあと、(源氏の君は)お目がひきつけられなさる。

それはもう、このうえもなくお慕い申し上げる方(藤壺の宮)に、じつによくお似申しているのが注目されるのだった(見つめずにはいられなかった【理由だった】のだ)、と思うにつけても涙がこぼれる。

尼君は(少女の)髪を撫で撫で、

「髪をすくこともめんどうくさがりなさるけれども、きれいなお髪だこと。

あまりに子供っぽくていらっしゃるのが本当に気がかりです(あまりに子供っぽくていらっしゃるのがふびんで気がかりです)。

このくらいの年になれば、本当にこのようではない人もあるのに。

亡くなった(姫君)あなたのお母さまは、十歳くらいで父君に先立たれなさった頃、大変よく物事がわかっていらっしゃいましたよ。

今日にも私が(あなたを)お残ししてあの世に行ってしまったら、(あなたは)どうやってお暮らしになるつもりでしょう。

と言ってたいそう泣くのをご覧になるのも、なんとなく悲しいと(源氏の君は)お思いになる。

(少女は)幼心にも、やはり(泣いている尼君を)じっと見つめて、伏目になってうつむいている、その顔に垂れかかった髪が、つやつやと美しく見える。

語句の意味・用法

〇らうたげに → 「らうたし」の語幹に接尾語「げ」と「なり」の複合したもの。

「げ」→ ~らしい様子

〇眉のわたりうちけぶり → 年ごろになると、眉を抜き、眉墨で眉を描きます。ここでの「少女」は、眉をまだ抜かずに、うっすらと生えたままにしています。 

「わたり」→ あたり

〇いはけなし → 子供っぽい

〇かいやる → 「かきやる」のイ音便 → 髪を後方にかきあげる意。

〇髪ざし → 髪の生え具合

「ざし」は接尾語で、ものの様子を表します。

〇ねびゆかむ → 「ねびゆく」は、成長していく意。

〇目とまる → 心がひきつけられて注目する意。

〇さるは → 「さ」「ある」の複合語を、係助詞「は」で際立たせた書き方で、「さるは」で接続詞になります。順接では「それは」という意になり、逆接では「それはそうだが」「しかし」といった意になります。

〇心をつくす → 心を尽くす → 心のすべてを込める、愛する、やきもきする、といった意。

〇まもる → じっと見つめる

〇思ふにも → 思ふ・にも → 思ふ・に・も → 思うにつけても

「思ふに」は、「思うに」「思うと」といった訳になります。

〇梳る → けづる → 櫛(くし)で髪をとかす、くしげずる

〇をかしの御髪や → 「形容詞語幹+の」で感動を表します。「や」で、さらにその感動を強めています。

「御髪」 → みぐし → 貴人の髪の尊敬語

「御髪」は「みぐし」とも、「おぐし」とも読めますが、「おぐし」というのは「女房詞(にょうぼうことば)」で、室町時代以降の用語です。「源氏物語」は、平安時代中期の作品。

〇はかなう → 「はかなし」は、もろい、頼みにならない、かいがない、深い考えがない、といった意。

〇ものし → 「あり」の代用です。

「ものす(物す)」は、他の動詞の代わりに用います。この書き方で、婉曲(えんきょく)な表現となるんです。

だから、「ものす」の意味は、前後の文脈から読み取りましょう。

〇いとはかなうものし給ふこそ、あはれにうしろめたけれ。

→ 「あはれに」を、「うしろめたし」の修飾語として訳せば → 「あまりに子供っぽくていらっしゃるのが本当に気がかりです」

あはれに」を連用中止法として訳せば → 「あまりに子供っぽくていらっしゃるのがふびんで気がかりです」

「うしろめたし(後ろめたし)」は、「気がかり」の意。

「うしろめたし」の対義語は、「うしろやすし(後ろ安し)」です。

〇かばかりに → 「これぐらいに」の意。

〇かからぬ → 「かく」(副詞)+「あり」の複合ラ変動詞「かかり」の打ち消しの形。

本文の「かく」は、「はかなうものす」を指しています。

〇故姫君 → 尼君の娘のこと。少女(紫の君)の母です。すでに亡くなっています。

少女(紫の君)は、尼君の孫です。

※源氏の君は、父帝の女御である藤壺のことを恋い慕っています。

じつは、その藤壺の女御の姪(めい)が、この少女(紫の君)なのです。

藤壺の女御の兄である兵部卿の宮が、この少女(紫の君)の父なんです。

藤壺の女御と少女(紫の君)の顔立ちが似ているのは、そのためです。

〇殿 → 尼君の夫。「故姫君」の父。按察使(あぜち)の大納言。

〇すずろに → なんとなく、なんとはなしに、といった意。

〇めでたし → 美しい、すばらしい、といった意。