源氏物語 はかなく日頃過ぎて 桐壺 原文と現代語訳 その12
紫式部 源氏物語 桐壺 その12です。
原文と現代語訳、語句の意味・用法を記しています。
原文
はかなく日頃過ぎて、後のわざなどにも細(こま)かにとぶらはせ給(たま)ふ。程(ほど)経るままに、せむ方なう悲しう思さるるに、御方々(かたがた)の御宿直(とのゐ)なども絶えてし給はず、ただ涙にひちて明かし暮させ給へば、見奉る人さへ露けき秋なり。「亡きあとまで、人の胸明くまじかりける人の御おぼえかな」とぞ、弘徽殿(こきでん)などには、なほ許しなう宣(のたま)ひける。一の宮を見奉らせ給ふにも、若宮の御恋しさのみ思ほし出でつつ、親しき女房、御(おん)乳母(めのと)などを遣はしつつ、ありさまを聞(きこし)召す。
原文と現代語訳
はかなく日頃過ぎて、後のわざなどにも細(こま)かにとぶらはせ給(たま)ふ。
何ということなしに数日が経って、(七日七日)四十九日の御法事などにも、(帝は)ねんごろにお使いを出されご弔問なされる。
※死後の冥福を祈る供養は、故人の私邸で行われ、七七四十九日の間続けます。
程(ほど)経るままに、せむ方なう悲しう思さるるに、御方々(かたがた)の御宿直(とのゐ)なども絶えてし給はず、ただ涙にひちて明かし暮させ給へば、見奉る人さへ露けき秋なり。
時が経つにつれて(恋しさがつのり)、どうにも致し方のない程に悲しく思し召されるので、女御更衣の方々の夜の御伺候(しこう)などもまったくあそばされず、ただ涙に濡れて夜を明かし日をお暮らしになっていらっしゃるので、そのご様子を拝見する人々までが、誘われて涙がちな湿っぽい秋である。
※伺候は、貴人のそばに仕えること。
「亡きあとまで、人の胸あくまじかりける人の御おぼえかな」とぞ、弘徽殿(こきでん)などには、なほ許しなう宣(のたま)ひける。
「亡くなった後までも人の胸を晴らさせそうもない程の更衣の御寵愛ぶりよ」とまで、弘徽殿女御などは、(更衣が)亡くなった今でもやはり容赦なくおっしゃるのであった。
※弘徽殿女御 → 前述の右大臣の女御のこと。右大臣の娘で、帝がまだ東宮の頃に入内した最初の妃。
一の宮を見奉らせ給ふにも、若宮の御恋しさのみ思ほし出でつつ、親しき女房、御(おん)乳母(めのと)などを遣はしつつ、ありさまを聞(きこし)召す。
(帝は)第一皇子を御覧になるにつけても、若宮が恋しいことばかりを思い出され思い出されして、その度に、心安く召し使われた女房や御乳母などを(更衣の里へ)お遣わしお遣わしになり、若宮のご様子をお聞きになっていらっしゃる。
現代語訳
何ということなしに数日が経って、(七日七日)四十九日の御法事などにも、(帝は)ねんごろにお使いを出されご弔問なされる。時が経つにつれて(恋しさがつのり)、どうにも致し方のない程に悲しく思し召されるので、女御更衣の方々の夜の御伺候(しこう)などもまったくあそばされず、ただ涙に濡れて夜を明かし日をお暮らしになっていらっしゃるので、そのご様子を拝見する人々までが、誘われて涙がちな湿っぽい秋である。「亡くなった後までも人の胸を晴らさせそうもない程の更衣の御寵愛ぶりよ」とまで、弘徽殿女御などは、(更衣が)亡くなった今でもやはり容赦なくおっしゃるのであった。(帝は)第一皇子を御覧になるにつけても、若宮が恋しいことばかりを思い出され思い出されして、その度に、心安く召し使われた女房や御乳母などを(更衣の里へ)お遣わしお遣わしになり、若宮のご様子をお聞きになっていらっしゃる。
語句の意味・用法
はかなく日頃過ぎて、後のわざなどにも細(こま)かにとぶらはせ給(たま)ふ。
はかなく
なんということなく。あっけなく。
日頃
数日くらいの間。
後のわざ
死後の冥福を祈る供養。七七四十九日間、続けます。
とぶらはせ
この「せ」は使役の助動詞です。
程(ほど)経るままに、せむ方なう悲しう思さるるに、御方々(かたがた)の御宿直(とのゐ)なども絶えてし給はず、ただ涙にひちて明かし暮させ給へば、見奉る人さへ露けき秋なり。
御宿直
ここは、帝の御寝所に侍り添い寝すること。
絶えてし給はず
「絶えて~打ち消し」で、全然、まったく、まるっきり~ない。
ひち
「漬(ひ)つ」で、水にぬれる、ひたるの意。
露けき秋なり
「露けし」は、露の気がある意。
「露」は、多くの場合、「涙」に掛けます。
桐壺の更衣が病気になった「その年の夏」から( その年の夏、御息所 源氏物語 桐壺 現代語訳 その7 )、ここで「露けき秋なり」です。
季節の移り変わりと更衣の死、という哀傷と寂しさを表しています。
「亡きあとまで、人の胸あくまじかりける人の御おぼえかな」とぞ、弘徽殿(こきでん)などには、なほ許しなう宣(のたま)ひける。
胸あくまじ
胸開(あ)く・胸明(あ)く → 心が晴ればれする意。 → 反対が「胸ふたがる(胸塞る) 源氏物語 御胸のみつとふたがりて 更衣の逝去 桐壺 現代語訳 その9
鬱屈(うっくつ)した思い(気が晴れずにふさぎこんだ思い)を開く・明く意が、胸あ(開・明)く。
「まじ」は、打ち消し推量の助動詞。
人の御おぼえかな
ここの「人」は、更衣をさしています。
「かな」は感動の終助詞。
弘徽殿(こきでん)など
ここの「弘徽殿」は、第一皇子の母弘徽殿女御のこと。
「など」は、例示の副助詞。なお憎み給う人々の中で、最も代表的な人物の例として「弘徽殿」をあげているわけです。
一の宮を見奉らせ給ふにも、若宮の御恋しさのみ思ほし出でつつ、親しき女房、御(おん)乳母(めのと)などを遣はしつつ、ありさまを聞(きこし)召す。
にも
「につけても」の意。
続きは、こちら → 源氏物語 野分だちて 原文と現代語訳 桐壺 その13
夕顔は、こちらから → 源氏物語 六条わたり 夕顔 その1 原文と現代語訳
若紫は、こちらから → 源氏物語「日もいと長きに」若紫との出会い 垣間見 現代語訳 品詞分解 語句・文法 その1