源氏物語 君は行ひし給ひつつ 若紫 明石の女 その1 原文と現代語訳
紫式部の源氏物語 若紫 明石の女(むすめ) その1です。
原文、現代語訳、語句の意味・用法、と記していきます。
原文
君は行(おこな)ひし給ひつつ、日たくるままに、いかならむと思したるを、「とかう紛らはさせ給ひて、思し入れぬなむよく侍(はべ)る」と聞ゆれば、後(しりへ)の山に立ち出でて、京の方(かた)を見給ふ。遥(はる)かに霞み渡りて、四方(よも)の梢(こずゑ)そこはかとなう煙(けぶ)り渡れる程(ほど)、「絵にいとよくも似たるかな。かかる所に住む人、心に思ひ残す事はあらじかし」と宣(のたま)へば、「これは、いと浅く侍り。ひとの国などに侍る海(うみ)山の有様(ありさま)などを御覧ぜさせて侍らば、いかに御絵いみじうまさらせ給はむ。富士の山、なにがしの嶽」など、語り聞(きこ)ゆるもあり。また西国(にしのくに)の面白(おもしろ)き浦々磯(いそ)の上を言ひ続くるもありて、よろづに紛らはし聞(きこ)ゆ。
原文と現代語訳
君は行(おこな)ひし給ひつつ、日たくるままに、いかならむと思したるを、「とかう紛らはさせ給ひて、思し入れぬなむよく侍(はべ)る」と聞ゆれば、後(しりへ)の山に立ち出でて、京の方(かた)を見給ふ。
源氏の君は仏前のおつとめをずっとなさっているうちに、日が高くなるにつれて(病気は)どうなのだろうと心配していらっしゃると、(お供の人が)「何かと気をお紛らわしなさって、深く気をお使いにならないほうがよろしゅうございます」と申し上げるので、(庵室)の後の山にお出かけになって、京の方を御覧になる。
遥(はる)かに霞み渡りて、四方(よも)の梢(こずゑ)そこはかとなう煙(けぶ)り渡れる程(ほど)、「絵にいとよくも似たるかな。かかる所に住む人、心に思ひ残す事はあらじかし」と宣(のたま)へば、
ずっと向こうまで一面に霞んで、辺りの梢がどことなくぼっと芽吹いている具合は、「絵に本当によく似ているなあ。こんな(景色のよい)所に住む人は、およそ情趣深い思いを存分に味わうだろうよ」とおっしゃると、
「これは、いと浅く侍り。ひとの国などに侍る海(うみ)山の有様(ありさま)などを御覧ぜさせて侍らば、いかに御絵いみじうまさらせ給はむ。富士の山、なにがしの嶽」など、語り聞(きこ)ゆるもあり。
(お供の人は)「この辺りの景色は本当に大したものではございません。地方の国々にございます海や山の様子などを御覧にいれましたならば、どんなに(あなた様の)御絵がすばらしくご上達なさるでしょう。(たとえば)富士の山とか、何々嶽とか」などとお話し申し上げる者もある。
また西国(にしのくに)の面白(おもしろ)き浦々磯(いそ)の上を言ひ続くるもありて、よろづに紛らはし聞(きこ)ゆ。
また西国の面白い浦々や、海辺の事を言い続ける者もあって、何かと(源氏の君のご気分を)お紛らわし申し上げる。
現代語訳
源氏の君は仏前のおつとめをずっとなさっているうちに、日が高くなるにつれて(病気は)どうなのだろうと心配していらっしゃると、(お供の人が)「何かと気をお紛らわしなさって、深く気をお使いにならないほうがよろしゅうございます」と申し上げるので、(庵室)の後の山にお出かけになって、京の方を御覧になる。ずっと向こうまで一面に霞んで、辺りの梢がどことなくぼっと芽吹いている具合は、「絵に本当によく似ているなあ。こんな(景色のよい)所に住む人は、およそ情趣深い思いを存分に味わうだろうよ」とおっしゃると、(お供の人は)「この辺りの景色は本当に大したものではございません。地方の国々にございます海や山の様子などを御覧にいれましたならば、どんなに(あなた様の)御絵がすばらしくご上達なさるでしょう。(たとえば)富士の山とか、何々嶽とか」などとお話し申し上げる者もある。また西国の面白い浦々や、海辺の事を言い続ける者もあって、何かと(源氏の君のご気分を)お紛らわし申し上げる。
語句の意味・用法
君は行(おこな)ひし給ひつつ、日たくるままに、いかならむと思したるを、「とかう紛らはさせ給ひて、思し入れぬなむよく侍(はべ)る」と聞ゆれば、後(しりへ)の山に立ち出でて、京の方(かた)を見給ふ。遥(はる)かに霞み渡りて、四方(よも)の梢(こずゑ)そこはかとなう煙(けぶ)り渡れる程(ほど)、「絵にいとよくも似たるかな。かかる所に住む人、心に思ひ残す事はあらじかし」と宣(のたま)へば、「これは、いと浅く侍り。ひとの国などに侍る海(うみ)山の有様(ありさま)などを御覧ぜさせて侍らば、いかに御絵いみじうまさらせ給はむ。富士の山、なにがしの嶽」など、語り聞(きこ)ゆるもあり。また西国(にしのくに)の面白(おもしろ)き浦々磯(いそ)の上を言ひ続くるもありて、よろづに紛らはし聞(きこ)ゆ。
行(おこな)ひ
仏前のおつとめ。
とかう
と(副詞)かく(副詞)のウ音便。あれこれと。
思し入れ
「思し入る」は、「思い入る」(考え込む、思い詰める)の敬語。
霞み渡り
一面に~なる。
そこはかとなう
「そこはかとなく」のウ音便。なんとなく。
浅く
「浅し」。程度が低い。
ひとの国
京以外の国。地方。外国。
いみじう
「いみじ」は程度の甚だしい状態。
(望ましくないことで)大変だ。
(望ましいことで)結構だ。すばらしい。
面白(おもしろ)き
心に楽しく感じる。趣のある。
浦
海。入江。
磯(いそ)の上
「上」は、あたり、こと。
続きは、こちら → 源氏物語 近き所には、播磨の明石の浦こそ 若紫 明石の女 その2 原文と現代語訳