源氏物語 野分だちて 原文と現代語訳 桐壺 その13
紫式部の源氏物語 桐壺 その13です。
原文、現代語訳、語句の意味・用法、と記しています。
原文
野分だちて、にはかに肌寒き夕暮の程、常(つね)よりも思(おぼ)し出(い)づる事多くて、靫負(ゆげひ)の命婦(みやうぶ)といふを遣はす。
夕月夜(ゆふづくよ)のをかしき程に、出し立てさせ給うて、やがてながめおはします。
かうやうの折は、御遊びなどせさせ給ひしに、心ことなる物の音(ね)をかき鳴らし、はかなく聞(きこ)え出(い)づる言の葉も、人よりは異なりしけはひ容貌(かたち)の、面影につと添ひて思(おぼ)さるるも、闇(やみ)の現(うつつ)にはなほ劣りけり。
原文と現代語訳
野分だちて、にはかに肌寒き夕暮の程、常(つね)よりも思(おぼ)し出(い)づる事多くて、靫負(ゆげひ)の命婦(みやうぶ)といふを遣はす。
野分めいた風が吹いて急に肌寒さを覚える夕暮れの頃、(帝は)いつもよりひとしお(亡き更衣を)お思い出しになることが多いので、靫負の命婦という女を(更衣の里へ)お遣わしになる。
夕月夜(ゆふづくよ)のをかしき程に、出し立てさせ給うて、やがてながめおはします。
(淡く照らす)夕月の興趣(きょうしゅ)深い頃あいに、(命婦を)出かけさせなされて、そのまま物思いにふけっておいでになる。
かうやうの折は、御遊びなどせさせ給ひしに、心ことなる物の音(ね)をかき鳴らし、はかなく聞(きこ)え出(い)づる言の葉も、人よりは異なりしけはひ容貌(かたち)の、面影につと添ひて思(おぼ)さるるも、闇(やみ)の現(うつつ)にはなほ劣りけり。
このような(月の美しい)折には、管弦の御遊びなどをお催しになったのであるが、格別に深い感銘を与えるような楽器の音をかき鳴らし、ちょっと無造作に詠み出し申し上げる歌なども、余の人とは違ってすぐれていた(更衣の)そぶりや容貌が、幻となって(帝の)目の前に始終添うて離れないように思し召されるが、闇の中の現実にはやはり及ばない。(それよりも、もっとはかないものだったのだ。)
現代語訳
野分めいた風が吹いて急に肌寒さを覚える夕暮れの頃、(帝は)いつもよりひとしお(亡き更衣を)お思い出しになることが多いので、靫負の命婦という女を(更衣の里へ)お遣わしになる。(淡く照らす)夕月の興趣(きょうしゅ)深い頃あいに、(命婦を)出かけさせなされて、そのまま物思いにふけっておいでになる。このような(月の美しい)折には、管弦の御遊びなどをお催しになったのであるが、格別に深い感銘を与えるような楽器の音をかき鳴らし、ちょっと無造作に詠み出し申し上げる歌なども、余の人とは違ってすぐれていた(更衣の)そぶりや容貌が、幻となって(帝の)目の前に始終添うて離れないように思し召されるが、闇の中の現実にはやはり及ばない。(それよりも、もっとはかないものだったのだ。)
語句の意味・用法
野分だちて、にはかに肌寒き夕暮の程、常(つね)よりも思(おぼ)し出(い)づる事多くて、靫負(ゆげひ)の命婦(みやうぶ)といふを遣はす。
夕月夜(ゆふづくよ)のをかしき程に、出し立てさせ給うて、やがてながめおはします。
かうやうの折は、御遊びなどせさせ給ひしに、心ことなる物の音(ね)をかき鳴らし、はかなく聞(きこ)え出(い)づる言の葉も、人よりは異なりしけはひ容貌(かたち)の、面影につと添ひて思(おぼ)さるるも、闇(やみ)の現(うつつ)にはなほ劣りけり。
野分だちて
野の草を吹き分けるのが「野分」、秋に吹く暴風のこと。
「だつ」は、接尾語。それらしい様子になる、という意。
野分めいた風が吹いて。
靫負(ゆげひ)の命婦(みやうぶ)
靫を負う者が「靫負」。衛門府の武官。
命婦は、五位に叙せられた女官。内命婦。五位以上の妻は外命婦。
出し立てさせ給うて
「出し立つ」は、他人をそうさせる、という他動詞。
出しておやりになる。
この「させ」は、帝に対する尊敬の助動詞。
御遊び
管弦の御催し。
給ひしに
なさったところが、なさったがの意。
物の音(ね)をかき鳴らし
「かき鳴らし」とあるので、「物の音」は、琴などの楽器の音。
聞(きこ)え出(い)づる
「言ひ出づる」の敬語表現。
言の葉
和歌のこと。
闇(やみ)の現(うつつ)に
「ぬば玉の闇の現はさだかなる夢にいくらもまさらざりけり」(古今集)を引いての表現。
意味は、「闇にまぎれて契ったことは、現実のことではあったが、思い寝に見たたしかな夢にくらべていくらもまさりはしないはかないものだ」。
更衣を失って、幻にその姿がはっきり見えたとしても、実際にはいないのだから、何とも仕方がない。いくらもまさらずとはいうものの、やはり姿が見えなくても実際にいてくれるほうがよい、という帝のつらい思いを記しています。
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