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源氏物語 命婦かしこに 桐壺 その14 原文と現代語訳

#用法,#紫式部,#語句

源氏物語 桐壺 その14です。

原文、原文と現代語訳、語句の意味・用法、と記していきます。

原文

 命婦かしこに罷(まか)で着(つ)きて、門(かど)ひき入るるより、けはいあはれなり。やもめずみなれど、人ひとりの御かしづきに、とかく繕(つくろ)ひ立てて、めやすき程にて過ぐし給へるを、闇(やみ)にくれてふし沈み給へる程に、草も高くなり、野分にいとど荒れたる心地(ここち)して、月影ばかりぞ、八重葎(やへむぐら)にもさはらずさし入りたる。南面(みなみおもて)におろして、母君もとみにえ物も宣はず。「今までとまり侍るがいと憂きを、かかる御使の、蓬生(よもぎふ)の露分け入り給ふにつけても、恥づかしうなむ」とて、げにえ堪ふまじく泣い給ふ。

原文と現代語訳

 命婦かしこに罷(まか)で着(つ)きて、門(かど)ひき入るるより、けはいあはれなり。

 命婦が(御前を)退いて更衣の里に到着して、(車を)門内に引き入れるともうすぐに、あたりの様子はしんみりとする。

やもめずみなれど、人ひとりの御かしづきに、とかく繕(つくろ)ひ立てて、めやすき程にて過ぐし給へるを、闇(やみ)にくれてふし沈み給へる程に、草も高くなり、野分にいとど荒れたる心地(ここち)して、月影ばかりぞ、八重葎(やへむぐら)にもさはらずさし入りたる。

(母君は夫を亡くした)やもめ暮らしであるけれども、娘の更衣一人を大事に守り立てるために、何やかやと(邸宅に)手入れをして、見苦しくない程度にお暮らしになってきたのであったが、(この夏に更衣を亡くして以来)悲しみにかきくれて臥し沈んでいらっしゃる間に、(それまでは手入れの行き届いた庭の)草もだんだん生い茂り、野分のためにひとしお荒れているように見受けられて、ただ月の光だけが生い茂った雑草にも妨げられずに射しこんでいるのである。

南面(みなみおもて)におろして、母君もとみにえ物も宣はず。

(命婦を)車から降ろし、(正面の表座敷に通して、命婦はもとより)母君もまた胸がせまって、急には何もおっしゃれない。

「今までとまり侍るがいと憂きを、かかる御使の、蓬生(よもぎふ)の露分け入り給ふにつけても、恥づかしうなむ」とて、げにえ堪ふまじく泣い給ふ。

「今までこうして生き残りましたことが、誠に辛うございますのに、このような恐れ多いお使いが、露に濡れて草深いわび住まいをお訪ねくださるにつけましても、(この身が)恥ずかしゅうございます」とおっしゃって、いかにも(その言葉通りに)命も続くまいと思われるほどお泣きになる。

現代語訳

 命婦が(御前を)退いて更衣の里に到着して、(車を)門内に引き入れるともうすぐに、あたりの様子はしんみりとする。(母君は夫を亡くした)やもめ暮らしであるけれども、娘の更衣一人を大事に守り立てるために、何やかやと(邸宅に)手入れをして、見苦しくない程度にお暮らしになってきたのであったが、(この夏に更衣を亡くして以来)悲しみにかきくれて臥し沈んでいらっしゃる間に、(それまでは手入れの行き届いた庭の)草もだんだん生い茂り、野分のためにひとしお荒れているように見受けられて、ただ月の光だけが生い茂った雑草にも妨げられずに射しこんでいるのである。(命婦を)車から降ろし、(正面の表座敷に通して、命婦はもとより)母君もまた胸がせまって、急には何もおっしゃれない。「今までこうして生き残りましたことが、誠に辛うございますのに、このような恐れ多いお使いが、露に濡れて草深いわび住まいをお訪ねくださるにつけましても、(この身が)恥ずかしゅうございます」とおっしゃって、いかにも(その言葉通りに)命も続くまいと思われるほどお泣きになる。

語句の意味・用法

命婦かしこに罷(まか)で着(つ)きて、門(かど)ひき入るるより、けはいあはれなり。

主語は「命婦」で始まり、それから「けはい」に変わります。

「命婦が(御前を)退いて更衣の里に到着して、(車を)門内に引き入れるともうすぐに、あたりの様子はしんみりとする(しんみりとして、人の心を打つものがある)」

やもめずみなれど、人ひとりの御かしづき、とかく繕(つくろ)ひ立てて、めやすき程にて過ぐし給へるを、闇(やみ)にくれてふし沈み給へる程に、草も高くなり、野分にいとど荒れたる心地(ここち)して、月影ばかりぞ、八重葎(やへむぐら)にもさはらずさし入りたる。

やもめずみ

未亡人の暮らし。

人ひとりの御かしづき

「かしづく」は立派に見えるように大事に世話をすること。

たった一人の娘が里帰りするのに、みすぼらしくては肩身が狭くなって気の毒であるから、といった意。

」は、原因・理由を表す格助詞。

めやすき

「見苦しくない」

闇(やみ)にくれて

娘に先立たれてその悲しみに目もくらむ様。

「くる」は、目がくらみ思い惑う意。

いとど

「いとど」は、程度がだんだん強くなることを表します。

そうでなくても荒れているのが、野分のためにひとしおの意。

月影

「月の光」の意。

八重葎(やへむぐら)にも

「八重葎」は、いやが上にも生い茂った葎の意。葎は、雑草。

葎は、蓬(よもぎ)、茅(ち)などと主に、人の住まない荒れた所に生えます。荒れた様子を、葎生(むぐらふ)、葎の門などともいいます。

さはらず

「邪魔されないで」の意。

「さはる」は、さしつかえる、邪魔になる意。

南面(みなみおもて)におろして、母君もとみにえ物も宣はず。

南面(みなみおもて)

邸宅は南向きに建てるのを良しとしたので、正殿は南向き。命婦を勅使として礼をつくして迎えたわけです。

とみに

「疾(と)み」で、急にの意。

「今までとまり侍るがいと憂きを、かかる御使の、蓬生(よもぎふ)の露分け入り給ふにつけても、恥づかしうなむ」とて、げにえ堪ふまじく泣い給ふ。

とまり侍る

「とまり」は、生き残りの意。

ここの「侍る」は補助動詞。(「とまり」を補助。)聞き手に対する話し手の謙譲になります。「ます」と訳します。このような「侍り」は地の文には用いられず、会話や書簡文、歌の詞書などに限られます。

」は、主格を表す格助詞。

蓬生(よもぎふ)の露

「生」は、生えている所の意。

「露」は草の葉の露。ただでさえ露が多い草深い家で、しかも涙がちでしめっぽい所、といった意になっています。

「草」「葎」「「蓬生」「露」は、縁語。

恥づかしうなむ

「なむ」の上に、体言・活用語の連体形・形容詞の連用形・助詞などがあるときは、「なむ」は係助詞。この書き方は、しばしば、余情を含め下に来るべき述語を省略します。ここでも、「侍る」「思う給へられ侍る」などが省略されています。

げに

母君の「今までとまり侍るがいと憂きを」を受けて、いかにもその言葉通りに、といった意。