源氏物語 やや深う入る所 若紫 北山の春 その2 原文と現代語訳
紫式部の「源氏物語」 若紫 北山の春 その2です。
原文、現代語訳、語句の意味・用法、と記していきます。
原文
やや深う入る所なりけり。三月(やよひ)の晦日(つごもり)なれば、京の花盛りはみな過ぎにけり。山の桜はまだ盛りにて、入りもておはするままに、霞のたたずまひもをかしう見ゆれば、かかる有様(ありさま)もならひ給はず、所狭き御身にて、めづらしう思されけり。寺のさまもいとあはれなり。峰高く、深き巖(いは)の中にぞ、聖(ひじり)入り居たりける。上り給ひて、誰とも知らせ給はず、いといたうやつれ給へれど、しるき御さまなれば、「あな、かしこや。一日(ひとひ)召し侍(はべ)りしにやおはしますらむ。今はこの世の事を思ひ給へねば、験方(げむがた)の行(おこな)ひも捨て忘れて侍るを、いかでかうおはしましつらむ」と驚き騒ぎて、うち笑みつつ見奉る。いと尊き大徳(だいとこ)なりけり。さるべきもの作りて、すかせ奉る。加持など参る程、日高くさし上りぬ。
原文と現代語訳
やや深う入る所なりけり。
(その寺は)少し山深く入る所であった。
三月(やよひ)の晦日(つごもり)なれば、京の花盛りはみな過ぎにけり。
三月の末なので、都の花盛りはすっかり過ぎてしまっていた。
山の桜はまだ盛りにて、入りもておはするままに、霞のたたずまひもをかしう見ゆれば、かかる有様(ありさま)もならひ給はず、所狭き御身にて、めづらしう思されけり。
山の桜はまだ盛りで、だんだん山の中へ入っていかれるにつれて、霞のたなびいている様子も興味深く思われるので、日頃はこうしう景色も見慣れていらっしゃらず、窮屈な御身分であるから、珍しいとお思いになった。
寺のさまもいとあはれなり。
寺の様子も、大変、趣が深い。
峰高く、深き巖(いは)の中にぞ、聖(ひじり)入り居たりける。
峰が高く、岩に取り囲まれた奥深い所に、その高僧は入っているのであった。
上り給ひて、誰とも知らせ給はず、いといたうやつれ給へれど、しるき御さまなれば、「あな、かしこや。一日(ひとひ)召し侍(はべ)りしにやおはしますらむ。今はこの世の事を思ひ給へねば、験方(げむがた)の行(おこな)ひも捨て忘れて侍るを、いかでかうおはしましつらむ」と驚き騒ぎて、うち笑みつつ見奉る。
(源氏の君は)そこにお上りになって、自分が誰であるともお知らせにならず、本当にひどく簡素な身なりをしていらっしゃるけれども、一目ではっきりわかる御風采(ふうさい)だから、(高僧は)「やれ、もったいない。先日お召しのあった方でいらっしゃいましょうか。私はもう現世のことは心にかけておりませんので、加持祈祷の方法もうち捨てて忘れておりますのに、どうしてこのようにお越しになったのやら」と驚きあわてて、にこにこしながら(源氏の君を)お見上げする。
いと尊き大徳(だいとこ)なりけり。
大変、尊い高僧であった。
さるべきもの作りて、すかせ奉る。
病平癒(へいゆ)の護符(ごふ)などを作ってお飲ませ申し上げる。
加持など参る程、日高くさし上りぬ。
加持などをしてさし上げるうちに、日も高く上った。
現代語訳
(その寺は)少し山深く入る所であった。三月の末なので、都の花盛りはすっかり過ぎてしまっていた。山の桜はまだ盛りで、だんだん山の中へ入っていかれるにつれて、霞のたなびいている様子も興味深く思われるので、日頃はこうしう景色も見慣れていらっしゃらず、窮屈な御身分であるから、珍しいとお思いになった。寺の様子も、大変、趣が深い。峰が高く、岩に取り囲まれた奥深い所に、その高僧は入っているのであった。(源氏の君は)そこにお上りになって、自分が誰であるともお知らせにならず、本当にひどく簡素な身なりをしていらっしゃるけれども、一目ではっきりわかる御風采(ふうさい)だから、(高僧は)「やれ、もったいない。先日お召しのあった方でいらっしゃいましょうか。私はもう現世のことは心にかけておりませんので、加持祈祷の方法もうち捨てて忘れておりますのに、どうしてこのようにお越しになったのやら」と驚きあわてて、にこにこしながら(源氏の君を)お見上げする。大変、尊い高僧であった。病平癒(へいゆ)の護符(ごふ)などを作ってお飲ませ申し上げる。加持などをしてさし上げるうちに、日も高く上った。
語句の意味・用法
やや深う入る所なりけり。三月(やよひ)の晦日(つごもり)なれば、京の花盛りはみな過ぎにけり。山の桜はまだ盛りにて、入りもておはするままに、霞のたたずまひもをかしう見ゆれば、かかる有様(ありさま)もならひ給はず、所狭き御身にて、めづらしう思されけり。寺のさまもいとあはれなり。峰高く、深き巖(いは)の中にぞ、聖(ひじり)入り居たりける。上り給ひて、誰とも知らせ給はず、いといたうやつれ給へれど、しるき御さまなれば、「あな、かしこや。一日(ひとひ)召し侍(はべ)りしにやおはしますらむ。今はこの世の事を思ひ給へねば、験方(げむがた)の行(おこな)ひも捨て忘れて侍るを、いかでかうおはしましつらむ」と驚き騒ぎて、うち笑みつつ見奉る。いと尊き大徳(だいとこ)なりけり。さるべきもの作りて、すかせ奉る。加持など参る程、日高くさし上りぬ。
晦日(つごもり)
みそか。月末。下旬。
ならひ
「ならふ」。慣れる。習慣となる。
所狭き
窮屈だ。
聖(ひじり)
高徳の僧。
入り居
入って座って。
「居る」は、「立つ」の対義語。
いたう
「いたく」のウ音便。ひどく、はなはだしくの意。
やつれ
「やつる」。様子が見苦しくなる。
一日(ひとひ)
先日の意。
今は
もう、の意。
大徳(だいとこ)
徳の高い僧。
すかせ奉る
「すく」は、飲む、食べるの意。
続きは、こちら → 源氏物語 少し立ち出でつつ 若紫 北山の春 その3 原文と現代語訳