源氏物語 少し立ち出でつつ 若紫 北山の春 その3 原文と現代語訳
紫式部の源氏物語 若紫 北山の春 その3です。
原文、現代語訳、語句の意味・用法、と記していきます。
原文
少し立ち出でつつ見渡し給(たま)へば、高き所にて、ここかしこの僧坊どもあらはに見おろさるる。「ただこのつづら折の下に、同じ小柴(こしば)なれど、うるはしうし渡して、清げなる屋(や)廊(らう)など続けて、木立(こだち)いとよしあるは、何人の住むにか」と問ひ給へば、御供なる人、「これなむ、なにがし僧都の、この二年(ふたとせ)籠もり侍(はべ)る方に侍るなる」「心恥づかしき人住むなる所にこそあなれ。あやしうもあまりやつしけるかな。聞きもこそすれ」など宣(のたま)ふ。清げなる童女(わらはめ)などあまた出で来て、閼伽(あか)奉(たてまつ)り、花折りなどするもあらはに見ゆ。「かしこに女こそありけれ。僧都は よもさやうには据(す)ゑ給はじを、いかなる人ならむ」と口々言ふ。下りて覗(のぞ)くもあり。「をかしげなる、若き人、童女なむ見ゆる」と言ふ。
原文と現代語訳
少し立ち出でつつ見渡し給(たま)へば、高き所にて、ここかしこの僧坊どもあらはに見おろさるる。
(庵室から)ちょっと外に出て辺りを御覧になると、(ここは)高い所なので、あちらこちらに僧坊がまる見えに見おろされる。
「ただこのつづら折の下に、同じ小柴(こしば)なれど、うるはしうし渡して、清げなる屋(や)廊(らう)など続けて、木立(こだち)いとよしあるは、何人の住むにか」と問ひ給へば、
(源氏の君が)「この曲がりくねった坂道のすぐ下に、よそと同じような小柴垣ではあるが、きちんと廻らして、小ぎれいな家屋や廊などを建て続けて、庭の木の植え込みもたいそう趣があるのは、誰が住んでいる家であろうか」とお尋ねになると、
御供なる人、「これなむ、なにがし僧都の、この二年(ふたとせ)籠もり侍(はべ)る方に侍るなる」
お供の人は、「これはあの某僧都が、この二年の間籠っております坊だそうでございます」(と答える。)
「心恥づかしき人住むなる所にこそあなれ。あやしうもあまりやつしけるかな。聞きもこそすれ」など宣(のたま)ふ。
(源氏の君は)「気のおける人が住んでいるという所なんだね。見苦しい程、見すぼらしすぎる姿でやって来たものだ。(私の来たことを)聞いたら大変だ」などとおっしゃる。
清げなる童女(わらはめ)などあまた出で来て、閼伽(あか)奉(たてまつ)り、花折りなどするもあらはに見ゆ。
小ぎれいな童女などが大勢出てきて、仏に水を供えたり、花を折ったりなどする様子もすっかり見える。
「かしこに女こそありけれ。僧都は よもさやうには据(す)ゑ給はじを、いかなる人ならむ」と口々言ふ。
(お供の人は)「あそこに女がいたよ。僧都はまさかあのように女を囲(かこ)っておおきにはなるまいに、どういう人であろう」と口々に言う。
下りて覗(のぞ)くもあり。
下におりて(垣から)覗く者もある。
「をかしげなる、若き人、童女なむ見ゆる」と言ふ。
(そして)「見るからにきれいな若い女房や童女が見える」と(帰ってきて)言う。
現代語訳
(庵室から)ちょっと外に出て辺りを御覧になると、(ここは)高い所なので、あちらこちらに僧坊がまる見えに見おろされる。(源氏の君が)「この曲がりくねった坂道のすぐ下に、よそと同じような小柴垣ではあるが、きちんと廻らして、小ぎれいな家屋や廊などを建て続けて、庭の木の植え込みもたいそう趣があるのは、誰が住んでいる家であろうか」とお尋ねになると、お供の人は、「これはあの某僧都が、この二年の間籠っております坊だそうでございます」(と答える。)(源氏の君は)「気のおける人が住んでいるという所なんだね。見苦しい程、見すぼらしすぎる姿でやって来たものだ。(私の来たことを)聞いたら大変だ」などとおっしゃる。小ぎれいな童女などが大勢出てきて、仏に水を供えたり、花を折ったりなどする様子もすっかり見える。(お供の人は)「あそこに女がいたよ。僧都はまさかあのように女を囲(かこ)っておおきにはなるまいに、どういう人であろう」と口々に言う。下におりて(垣から)覗く者もある。(そして)「見るからにきれいな若い女房や童女が見える」と(帰ってきて)言う。
語句の意味・用法
少し立ち出でつつ見渡し給(たま)へば、高き所にて、ここかしこの僧坊どもあらはに見おろさるる。
僧坊ども
寺に付属している僧尼の住む建物。
「ども」は、複数を表す接尾語。
あらはに
隠れず。はっきりと。
「ただこのつづら折の下に、同じ小柴(こしば)なれど、うるはしうし渡して、清げなる屋(や)廊(らう)など続けて、木立(こだち)いとよしあるは、何人の住むにか」と問ひ給へば、
つづら折
曲がりくねった坂道。
小柴(こしば)
雑木でつくった低い垣根。
うるはしう
「うるはしく」のウ音便。整然と。きちんと。
し渡し
ずっと一面にめぐらす。
廊(らう)
寝殿造りの建物と建物とをつなぐ細長い建物。
よしある
「よしあり」。趣がある意。
「由(よし)」は、由緒・いわれ。
対義語は、「よしなし」。
住むにか
下に「あらむ」が省略されています。
御供なる人、「これなむ、なにがし僧都の、この二年(ふたとせ)籠もり侍(はべ)る方に侍るなる」
僧都
僧正に次ぐ僧官。
なる
伝聞推定の助動詞。
「と聞いている」「そうだ」「らしい」「ようだ」の意。
「心恥づかしき人住むなる所にこそあなれ。あやしうもあまりやつしけるかな。聞きもこそすれ」など宣(のたま)ふ。
心恥づかしき
こちらが恥ずかしいと思うような立派な。
あやしうも
「あやし」は、「変だ」「不思議だ」の意。転じて、「見苦しい」「粗末だ」。
やつし
「やつる」の他動詞。粗末な様子をする。
もこそ
も+こそ → 「~するかもしれない、……たら大変だ」の意になります。
清げなる童女(わらはめ)などあまた出で来て、閼伽(あか)奉(たてまつ)り、花折りなどするもあらはに見ゆ。
童女(わらはめ)
召し使いの女の子。
「わらはべ」は複数形。
閼伽(あか)
仏に供える水。
「かしこに女こそありけれ。僧都は よもさやうには据(す)ゑ給はじを、いかなる人ならむ」と口々言ふ。下りて覗(のぞ)くもあり。「をかしげなる、若き人、童女なむ見ゆる」と言ふ。
よも
まさか。打ち消し推理の言葉と呼応します。
いかなる
どんな、の意。