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枕草子 正月十余日のほど、空いと暗う 原文と現代語訳

#清少納言,#語句,#随筆

清少納言 枕草子 第百四十七段 子供の情景

原文、現代語訳、語句の意味・用法、と記していきます。

原文

 正月十余日のほど、空いと黒う、雲も厚く見えながら、さすがに日はいとけざやかに照りたるに、えせ者の家のうしろ、荒畠などいふものの、土もうるはしうなほからぬに、桃の木若立ちて、いとしもとがちにさし出でたる、片つ方は青く、いま片枝は濃くつややかにて、蘇芳(すはう)の色なるが、日影に見えたるを、細やかなる童の、狩衣(かりぎぬ)はかけ破(や)りなどして、髪はうるはしきがのぼりたれば、紅梅の衣、白きなど、ひきはこえたるをの子、半靴(はうくわ)はきたるなど、木のもとに立ちて、「我によき木切りて。いで」など乞ふに、また、髮をかしげなる童べの、袙(あこめ)どもほころびがちにて、袴(はかま)は萎(な)えたれど、色などよきうち着たる、三四人、「卯槌(うづち)の木のよからむ、切りてをこそ。ここに召すぞ」など言ひて、おろしたれば、奪ひしらがひ取りて、さしあふぎて、「我に多く」など言ふこそをかしけれ。黒き袴(はかま)着たるをのこ走り来て乞ふに、「待て」など言へば、木のもとに寄りてひきゆるがすに、危(あや)ふがりて、猿のやうにかいつきてをめくもをかし。梅などのなりたるをりも、さやうにぞあるかし。

原文と現代語訳

 正月十余日のほど、空いと黒う、雲も厚く見えながら、さすがに日はいとけざやかに照りたるに、えせ者の家のうしろ、荒畠などいふものの、土もうるはしうなほからぬに、桃の木若立ちて、いとしもとがちにさし出でたる、片つ方は青く、いま片枝は濃くつややかにて、蘇芳(すはう)の色なるが、日影に見えたるを、細やかなる童の、狩衣(かりぎぬ)はかけ破(や)りなどして、髪はうるはしきがのぼりたれば、紅梅の衣、白きなど、ひきはこえたるをの子、半靴(はうくわ)はきたるなど、木のもとに立ちて、「我によき木切りて。いで」など乞ふに、また、髮をかしげなる童べの、袙(あこめ)どもほころびがちにて、袴(はかま)は萎(な)えたれど、色などよきうち着たる、三四人、「卯槌(うづち)の木のよからむ、切りてをこそ。ここに召すぞ」など言ひて、おろしたれば、奪ひしらがひ取りて、さしあふぎて、「我に多く」など言ふこそをかしけれ。黒き袴(はかま)着たるをのこ走り来て乞ふに、「待て」など言へば、木のもとに寄りてひきゆるがすに、危(あや)ふがりて、猿のやうにかいつきてをめくもをかし。梅などのなりたるをりも、さやうにぞあるかし。

 正月十日過ぎの頃、空はとても暗く、雲も厚く見えながら、そうはいうもののやはり(春で)日はたいそうくっきりと照りわたっていて、つまらぬ者の家の後ろの荒畑などといわれている土もきちんと耕されていない所に、桃の木が若々しくて、ずっと下のほうに枝が張り出しているのが、片側は青く、もう方側の枝は色濃くつややかで、黒紅色であるが、日の光の中に見えている(その木)に、ほっそりした子供で、狩衣は(どこかで)ひっかけて破れたりしていて、髪はきちんとしたのが登っているので、紅梅重ねの着物や、白い下着などを、たくし上げて着ている男の子や、半靴を履いている子などが、(その)木の根元に立って、「私に良い枝を切って。ねえ」などとねだるのであるが、また、髪の美しい感じの女の子で、袙(あこめ)は綻(ほころ)びがちで、袴(はかま)はよれよれになっているけれど、色などはきれいなのを着ている三、四人が、「卯槌(うづち)の木に良さそうなものを、切って(私たちにくださいな)。こちらのご主人様がお求めですよ」などと言って、(木に登っている男の子が桃の枝を)下ろすと、(木の下の子どもたちが)互いに争って奪い取り合って、仰ぎ見て、「私にたくさん(ちょうだい)」などと(口々に)言うのはおもしろい。黒い袴(はかま)を穿いた男が走ってきて頼むのに、(木の上の男の子が)「待って」などと言うと、(頼んだ男が)木の根元に寄って(幹を)揺するので、(木の上の男の子が)危ながって、猿のように(木に)しがみついて喚いているのも面白い。梅などの(実が)なっている折にも、こうした光景であることだ。

語句の意味・用法

 正月十余日のほど、空いと黒う、雲も厚く見えながら、さすがに日はいとけざやかに照りたるに、えせ者の家のうしろ、荒畠などいふものの、土もうるはしうなほからぬに、桃の木若立ちて、いとしもとがちにさし出でたる、片つ方は青く、いま片枝は濃くつややかにて、蘇芳(すはう)の色なるが、日影に見えたるを、細やかなる童の、狩衣(かりぎぬ)はかけ破(や)りなどして、髪はうるはしきがのぼりたれば、紅梅の衣、白きなど、ひきはこえたるをの子、半靴(はうくわ)はきたるなど、木のもとに立ちて、「我によき木切りて。いで」など乞ふに、また、髮をかしげなる童べの、袙(あこめ)どもほころびがちにて、袴は萎(な)えたれど、色などよきうち着たる、三四人、「卯槌(うづち)の木のよからむ、切りてをこそ。ここに召すぞ」など言ひて、おろしたれば、奪ひしらがひ取りて、さしあふぎて、とりわき、「我に多く」など言ふこそをかしけれ。黒き袴(はかま)着たるをのこ走り来て乞ふに、「待て」など言へば、木のもとに寄りてひきゆるがすに、危(あや)ふがりて、猿のやうにかいつきてをめくもをかし。梅などのなりたるをりも、さやうにぞあるかし。

けざやかに

くっきりと。はっきりと。

えせ者

身分の卑しい者。つまらない者。

うるはし

きちんと整っている。

しもとがちに

下の方に。

ひきはこえたる

着物のすそなどをたくしあげている。

半靴(はうくわ)

木製の浅い靴。

袙(あこめ)

衣と肌着の間に着るもので、童女が多く使用。

卯槌(うづち)

桃の木片と糸を用いて作ったものを、正月の最初の卯の日にぶらさげて魔除けとしました。

召す

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