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その年の夏、御息所 源氏物語 桐壺 現代語訳 その7

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源氏物語 桐壺 その7です。

原文、現代語訳、語句の意味・用法と記していきます。

原文

その年の夏、御息所(みやすどころ)、はかなき心地(ここち)にわづらひて、罷(まか)でなんとし給(たま)ふを、暇(いとま)さらにゆるさせ給はず。

年頃、常のあつしさになり給へれば、御目馴れて、「なほしばしこころみよ」とのみ宣(のたま)はするに、日々に重り給ひて、ただ五日六日の程に、いと弱うなれば、母君泣く泣く奏して、罷(まか)でさせ奉(たてまつ)り給ふ。

かかる折(をり)にも、あるまじき恥もこそと、心遣(づか)ひして、御子をばとどめ奉りて、忍びてぞ出で給ふ。

限りあれば、さのみもえとどめさ給はず、御覧じだに送らぬおぼつかなさを、言ふ方なく思ほさる。

いとにほひやかに、うつくしげなる人の、いたう面痩せて、いとあはれと物を思ひしみながら、言(こと)に出でても聞(きこ)えやらず、あるかなきかに消え入りつつ、ものし給ふを、御覧ずるに、来し方行く末思し召(め)されず、よろづの事を、泣く泣く契り宣(のたま)はすれど、御答(いら)へもえ聞こえ給(たま)はず。

まみなどもいとたゆげにて、いとどなよなよと、われかの気色にて臥したれば、いかさまにと思し召し惑(まど)はる。

原文と現代語訳

その年の夏、御息所(みやすどころ)、はかなき心地(ここち)にわづらひて、罷(まか)でなんとし給(たま)ふを、暇(いとま)さらにゆるさせ給はず。

その年(光源氏が三歳の年)の夏、御子を生み奉(たてまつ)った桐壺の更衣は、ちょっとした病にかかったので、(養生のために里へ)退出しようとなさるが、(帝は)お暇をまったくお許しにならない。

年頃、常のあつしさになり給へれば、御目馴れて、「なほしばしこころみよ」とのみ宣(のたま)はするに、日々に重り給ひて、ただ五日六日の程に、いと弱うなれば、母君泣く泣く奏して、罷(まか)でさせ奉(たてまつ)り給ふ。

この数年来、(桐壺の更衣は)持病になっていらっしゃるので、(帝も更衣の病は)見馴れていらっしゃって、「(里などに行かず)やはりこのままでしばらく様子をみなさい」とばかりおっしゃっていると、(更衣【の病】は)日ましに重くなられて、わずか五六日の間に非常に衰弱されたので、母君は(帝に)泣く泣くお願い申し上げて、(更衣を)里へ退出おさせ申し上げなさる。

かかる折(をり)にも、あるまじき恥もこそと、心遣(づか)ひして、御子をばとどめ奉りて、忍びてぞ出で給ふ。

(更衣は、【平素から妬まれているので】)こうした里さがりの折にも、とんでもない恥辱を受けるかもしれないと用心して、御子(の方)は宮中にとどめ申し上げて、秘かに退出される。

限りあれば、さのみもえとどめさ給はず、御覧じだに送らぬおぼつかなさを、言ふ方なく思ほさる。

ものには限度があるから、(帝も)そうまでお引き止めにもなれず、御身分上お見送りさえもなされぬのが気がかりのことを、いいようもなく(悲しく)思召(おぼしめ)される。

いとにほひやかに、うつくしげなる人の、いたう面痩せて、いとあはれと物を思ひしみながら、言(こと)に出でても聞(きこ)えやらず、あるかなきかに消え入りつつ、ものし給ふを、御覧ずるに、来し方行く末思し召(め)されず、よろづの事を、泣く泣く契り宣(のたま)はすれど、御答(いら)へもえ聞こえ給(たま)はず。

たいそうつやつやと美しくかわいらしげな人が、ひどく面やつれして、心には本当にしみじみと何かにつけて思いつめているものの、それを言葉に出して申し上げることもせず、生きているのかいないのかわからぬような様子に失神しがちでいらっしゃるのを(帝は)ご覧になると、前後の御分別も失われて、いろいろのことを泣く泣くお約束なさるけれども、(更衣は)御返事も申し上げられない。

まみなどもいとたゆげにて、いとどなよなよと、われかの気色にて臥したれば、いかさまにと思し召し惑(まど)はる。

(更衣は)目つきなどもひどくだるそうで、ひとしお力無さそうに、正体もないうつらうつらした様子で横になっているので、(帝は)どうしたものかと途方におくれになる。

現代語訳

その年(光源氏が三歳の年)の夏、御子を生み奉(たてまつ)った桐壺の更衣は、ちょっとした病にかかったので、(養生のために里へ)退出しようとなさるが、(帝は)お暇をまったくお許しにならない。

この数年来、(桐壺の更衣は)持病になっていらっしゃるので、(帝も更衣の病は)見馴れていらっしゃって、「(里などに行かず)やはりこのままでしばらく様子をみなさい」とばかりおっしゃっていると、(更衣【の病】は)日ましに重くなられて、わずか五六日の間に非常に衰弱されたので、母君は(帝に)泣く泣くお願い申し上げて、(更衣を)里へ退出おさせ申し上げなさる。

(更衣は、【平素から妬まれているので】)こうした里さがりの折にも、とんでもない恥辱を受けるかもしれないと用心して、御子(の方)は宮中にとどめ申し上げて、秘かに退出される。

ものには限度があるから、(帝も)そうまでお引き止めにもなれず、御身分上お見送りさえもなされぬのが気がかりのことを、いいようもなく(悲しく)思召(おぼしめ)される。

たいそうつやつやと美しくかわいらしげな人が、ひどく面やつれして、心には本当にしみじみと何かにつけて思いつめているものの、それを言葉に出して申し上げることもせず、生きているのかいないのかわからぬような様子に失神しがちでいらっしゃるのを(帝は)ご覧になると、前後の御分別も失われて、いろいろのことを泣く泣くお約束なさるけれども、(更衣は)御返事も申し上げられない。

(更衣は)目つきなどもひどくだるそうで、ひとしお力無さそうに、正体もないうつらうつらした様子で横になっているので、(帝は)どうしたものかと途方におくれになる。

語句の意味・用法

その年の夏、御息所(みやすどころ)はかなき心地(ここち)にわづらひて、罷(まか)でなんとし給(たま)ふを、暇(いとま)さらにゆるさせ給はず。

御息所 → ①天皇の御休息所 ②御寝所に侍する官女の私称 ③皇子皇女を生み参らせたる女御更衣の称

④東宮および親王妃の称、といった意味があります。ここは、③の意です。桐壺の更衣のことをいっています。

はかなき心地 → ちょっとした病気。「はかなし」は、ふとした、かりそめ、つまらない、頼みにならない、といった意味。

罷で → 罷り出で(まかりいで)→ まかりで → まかんで → 罷で(まかで)。みな同じ意です。

罷る ←→ 参る 

まかづ ←→ まうづ 

し給ふを → 逆接になります。なさるけれども。

年頃、常のあつしさになり給へれば、御目馴れて、「なほしばしこころみよ」とのみ宣(のたま)はするに、日々に重り給ひて、ただ五日六日の程に、いと弱うなれば、母君泣く泣く奏して罷(まか)でさせ奉(たてまつ)り給ふ

あつしさ → 形容詞「あつし」の転成名詞。熱っぽさ。病気。

奏して → 「奏す」は天皇に申し上げる。「啓す」は皇后、皇太后、東宮に申し上げる。

罷でさせ奉り給ふ → 「させ」は母君が更衣をしての意。「奉り」は更衣に対する敬語。「給ふ」は母君の行為に対する敬語。 → 退出おさせ申し上げなさる。

かかる折(をり)にも、あるまじき恥もこそと、心遣(づか)ひして、御子をばとどめ奉りて、忍びてぞ出で給ふ。

恥もこそ → 下に「あれ」「あらめ」が省略されています。「もこそ」は、「~するかもしれない」の意。

限りあれば、さのみもえとどめさ給はず、御覧じだに送らぬおぼつかなさを、言ふ方なく思ほさる。

言ふ方なく → いいようもなく。ひどく。

いとにほひやかに、うつくしげなる人の、いたう面痩せて、いとあはれと物を思ひしみながら、言(こと)に出でても聞(きこ)えやらず、あるかなきかに消え入りつつ、ものし給ふを、御覧ずるに、来し方行く末思し召(め)されず、よろづの事を、泣く泣く契り宣(のたま)はすれど、御答(いら)へもえ聞こえ給(たま)はず。

いたう → 「いたく」のウ音便。ひどく。

ものす → ①自動詞として「あり」「居り」の意。 ②他動詞としていろいろな動作をする意。

来し方行く末 → 過去と将来。前後一切。

思し召されず → 「思ふ」の敬語。「思(おぼ)す」に敬語動詞の「召す(食う、着る、呼ぶ、統治するの敬語)が補助動詞化し、複合したもの。「ず」は、打ち消しの連用形中止法。「れ」は可能。

まみなどもいとたゆげにて、いとどなよなよと、われかの気色にて臥したれば、いかさまにと思し召し惑(まど)はる。

いかさまに → 「いかさまにせむ」の略。何としよう、どうしたらいいのだろう。

続きは、こちら → 輦車(てぐるま)の宣旨など 源氏物語 桐壺 現代語訳 その8