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輦車(てぐるま)の宣旨など 源氏物語 桐壺 現代語訳 その8

#原文,#用法,#紫式部,#語句

原文、現代語訳、語句の意味・用法と記していきます。

原文

輦車(てぐるま)の宣旨(せんじ)など宣(のたま)はせても、また入らせ給(たま)ひて、さらにえゆるさせ給はず。

「限りあらむ道にも、後(おく)れ先立たじと契らせ給ひけるを。さりともうち棄てては、え行きやらじ」と宣(のたま)はするを、女もいといみじと見奉(たてまつ)りて、

「限(かぎ)りとて別るる道のかなしきに

いかまほしき命なりけり。

いとかく思ひ給へましかば」と、息も絶えつつ、聞(きこ)えまほしげなる事はありげなれど、いと苦しげにたゆげなれば、かくながら、ともかくもならむを御覧じはてむ、と思召(おぼしめ)すに、今日始(はじ)むべき祈祷(いのり)ども、然(さ)るべき人々承(うけたまは)れる、今宵よりと、聞え急がせば、わりなく思ほしながら、罷(まか)でさせ給(たま)ふ。

原文と現代語訳

輦車(てぐるま)の宣旨(せんじ)など宣(のたま)はせても、また入らせ給(たま)ひて、さらにえゆるさせ給はず。

(帝は、桐壺の更衣に里さがりをお許しになって)輦車で宮門を出入りしてよいという破格の宣旨などをお下しになっても、また(更衣の部屋に)お入りになって(更衣の姿を御覧になると)、まったく(更衣の退出を)許すに忍びないでいらっしゃる。

「限りあらむ道にも、後(おく)れ先立たじと契らせ給ひけるを。さりともうち棄てては、え行きやらじ」と宣(のたま)はするを、女もいといみじと見奉(たてまつ)りて、

(帝は)「死出の道にも一緒にとお約束されたのに、病が重いからといって、いくらなんでも(私を)捨てて一人でここを出てはゆけまい」と仰(おお)せになるので、更衣も(帝の切ないお心を)本当においたわしいと拝察して、

「限(かぎ)りとて別るる道のかなしきに

いかまほしき命なりけり。

「(まことに、死なば諸共【もろとも】とお約束は申し上げましたけれども、命は各々、限りがあって、思い通りにはならないもの、)これがこの世の限りと思って別れてゆく道の悲しいにつけても、

(「え行きやらじ」との仰せの通り、私は行きたくはございませぬ。)いきたいものは命でございます。

いとかく思ひ給へましかば」と、息も絶えつつ、聞(きこ)えまほしげなる事はありげなれど、いと苦しげにたゆげなれば、

本当にこんなことになろうとかねて思いましたならば(もっと申し上げましたものを)」と、息も絶え絶えに、申し上げたいようなことはありそうであるが、(それもできないほど)大変苦しそうにだるそうなので、

かくながら、ともかくもならむを御覧じはてむ、と思召(おぼしめ)すに、

(帝は)いっそこのままで、死ぬとも助かるとも事の落ち着く先をお見届けになろうと考えていらっしゃると、

今日始(はじ)むべき祈祷(いのり)ども、然(さ)るべき人々承(うけたまは)れる、今宵よりと、聞え急がせば、

(人々が)今日始める予定の祈祷、それは効験のある僧侶たちが拝命しておるのでございますが、今夜から(お里でいたしますから、お早く)と(更衣の退出を)お急(せ)きたて申すので、

わりなく思ほしながら、罷(まか)でさせ給(たま)ふ。

(帝は)たまらないと思召(おぼしめ)しながらも退出おさせになる。

現代語訳

(帝は、桐壺の更衣に里さがりをお許しになって)輦車で宮門を出入りしてよいという破格の宣旨などをお下しになっても、また(更衣の部屋に)お入りになって(更衣の姿を御覧になると)、まったく(更衣の退出を)許すに忍びないでいらっしゃる。

(帝は)「死出の道にも一緒にとお約束されたのに、病が重いからといって、いくらなんでも(私を)捨てて一人でここを出てはゆけまい」と仰(おお)せになるので、更衣も(帝の切ないお心を)本当においたわしいと拝察して、

「(まことに、死なば諸共【もろとも】とお約束は申し上げましたけれども、命は各々、限りがあって、思い通りにはならないもの、)これがこの世の限りと思って別れてゆく道の悲しいにつけても、

(「え行きやらじ」との仰せの通り、私は行きたくはございませぬ。)いきたいものは命でございます。

本当にこんなことになろうとかねて思いましたならば(もっと申し上げましたものを)」と、息も絶え絶えに、申し上げたいようなことはありそうであるが、(それもできないほど)大変苦しそうにだるそうなので、

(帝は)いっそこのままで、死ぬとも助かるとも事の落ち着く先をお見届けになろうと考えていらっしゃると、

(人々が)今日始める予定の祈祷、それは効験のある僧侶たちが拝命しておるのでございますが、今夜から(お里でいたしますから、お早く)と(更衣の退出を)お急(せ)きたて申すので、

(帝は)たまらないと思召(おぼしめ)しながらも退出おさせになる。

語句の意味・用法

輦車(てぐるま)の宣旨(せんじ)など宣(のたま)はせても、また入らせ給(たま)ひて、さらにえゆるさせ給はず。

輦車(てぐるま)の宣旨(せんじ)

→ 輦車は、宣旨をいただいて乗る車で、桐壺の更衣はこれに乗って宮中の中重(なかのえ)門を出入りしてよいということになったわけです。更衣という身分では、破格の扱いです。

限りあらむ道にも、後(おく)れ先立たじと契らせ給ひけるをさりともうち棄てては、え行きやらじ」と宣(のたま)はするを、女もいといみじと見奉(たてまつ)りて、

限りあらむ道

→ 死出の旅路のこと。その時がくれば誰もが行かなければならない「限り」がある意。

契らせ給ひけるを

→ 「せ」は帝から更衣に対する尊敬です。

さりとも

→ さ(副詞)+あり(ラ変動詞)+とも(接続助詞)

いみじ

→ 帝の切ないお気持ちが、たまらなくいたわしくもったいない、といった思いです。

「限(かぎ)りとて別るるのかなしきに

いかまほしき命なりけり

→ 死出の旅路(旅道)。

いかまほしき

→ 「生く」+「まほし」

 「生く」と「行く」を懸けています。「行く」は「道」の縁語です。

命なりけり

→ 「けり」は詠嘆。

いとかく思ひ給へましかば」と、息も絶えつつ、聞(きこ)えまほしげなる事はありげなれど、いと苦しげにたゆげなれば、

思ふ給へましかば

→ 「思ふ」は連用形「思ひ」のウ音便。

 「給へ」は謙譲の補助動詞「給ふ」の未然形。これは、尊敬の「給ふ」(四段活用)とは別で、下二段に活用します。「思ふ」「見る」「聞く」などの数語の動詞にのみ連なります。

 「まし」は、反実仮想の助動詞。

かくながら、ともかくもならむを御覧じはてむ、と思召(おぼしめ)すに、

ともかくもならむを

→ どうかこうかきりがつく、つまり「死なむ」というのを避けた表現。

今日始(はじ)むべき祈祷(いのり)ども、然(さ)るべき人々承(うけたまは)れる、今宵よりと、聞え急がせば、

然(さ)るべき人々

→ ここでは、霊験あらかたであると評判の高僧・修験者のこと。

わりなく思ほしながら、罷(まか)でさせ給(たま)ふ。

わりなく

→ 「わり」は道理、筋道。それが無いのだから、①分別もなく めちゃくちゃに ②せんかたなく ぜひなく    ③ 堪えがたく つらく、といった意になります。

この続きは、こちら → 源氏物語 御胸のみつとふたがりて 更衣の逝去 桐壺 現代語訳 その9