言葉にしなければ、思考とは成らず、アウトプットもできない

意味は、言葉から生まれる

意味というものは、言葉から生まれます。

拙著「大人の読む力」では、それを可視化しました。

論理的な文章の意味・内容、その流れを、なんとなくの、ぼんやりとしたものではなく、目に見える形で示しました。

母語そのものの論理を理解してもらうためです。

生まれる価値

論理的に読む力は、確かな形あるもので、確かな思考の力となるものです。

良いアイディアがあるんだ、といくら言っても、それが漠然(ばくぜん)としたものでは、価値は生まれません。

それは、自身の力とはなりません。

文章にすることも、発言することもできないアイディアは、誰に伝えることもできないからです。

価値は、他者が評価し、決めるものです。他者に伝えられないアイディアに、価値が生まれることはないのです。 

意味は言葉から成る

優れた思考、良いアイディア、とは明確な言葉から成ります。

それは、意味の成り立ちです。

言葉がなければ、意味は成りません。

それが、自身の思考の力に成ることはありません。

なんとなくのものを、意味のあるもの、確かな形あるものにするのが、論理的な思考の力です。

形ある意味

形ある意味の根本は、主語、述語の存在です。意味の完成形です。

自分の中で、ぼんやりとしているものは、どのような言葉にして、どこに置けばいいのか。

主語の位置に据えるのか。述語の位置に据えるのか。修飾語の位置に据えるのか。

言葉の配置が重要です。重要な言葉から位置づけるのです。

そうして、意味の連続性を思考していく。

頭の中にある意味が、最終的な姿形なら、細部の意味を、その言葉を思考していくことになります。

ミクロ的な意味を詰めていく。

頭の中にある意味が、最終的なものでないのなら、完成形を求めて、意味を、言葉を求めていくことになります。

マクロ的な意味への、言葉の展開です。

いずれにしても、そこには論理的な意味の連続性があります。

言葉にしてこそ、論理的な意味が成り立ち、アウトプットも可能となるのです。

2021年4月25日「大人の『読む力』」の原形

Posted by 対崎正宏