文章は、型から形になる

型(かた)から形(かたち)になる

言語学習では、型(かた)の学習がよくされます。

型(かた)とは、形(かたち)をつくりだすもととなるもので、鋳型(土型)のことです。

辞書に載っている言葉や意味、文章構成のもととなっている四段論法の起承転結や三段論法の序破急、そして、AではなくBであるとか、AでありBでもあるといった文の書き方は、みな、この鋳型であって、型です。学校の授業や参考書等で、こういった型を学んだ人は多いことでしょう。

でも、長文読解等の実際の試験で、こういう型の知識が役に立ったと感じる人はそう多くはないようですね。結局、自分の思いのままに読んだ。ただ一生懸命に読んだ。あるいは、ただなんとなく読んだ。ある程度の力がなければ、型を見抜くのは難しいものです。

なぜなら、小説にしても、随筆にしても、評論にしても、目の前の文章が、型(かた)から形(かたち)になっているからです。

英語でも古文でも、単語の意味をたくさん覚え、文法の問題集もやったのに文章内容が読みとれないというのはそのためです。

言葉は、文という形、段落という形、文章という形になる

言葉は、書き手によって、命がふきこまれ、形になります。

文という形、段落という形、文章という形にです。

形(かたち)とは、型(かた)から生まれ、完成した美をいいます。

形のつくりである彡(さんづくり)は美を表します。

形には、新しい意味、新しい思考がある

美しい形となった文章は、型から逸脱するようなことはありませんが(━━逸脱していたら、意味が破綻しているということ━━)、書き手によって、独特な内容を持った文章となります。

そこには、新しい意味、思考が生まれています。

その新しい意味・内容、思考を読みとるのが読解です。

ちなみに、内容とは、形あるものの中に入っている意で、本質です。

だから、内容の対義語は、形式になるんです。

内容は見えにくいものですが、文章となっている文字、文節、語句、文、段落という形は見えます。

形への意識は重要なんです。

形が見えれば、内容がわかる

形が、内容を生みます。

形の理解は、内容の理解であり、本当の内容の理解は、形の理解でもあります。

形を意識することで、独りよがりではない、深い理解につながります。

理解の先に、自分自身の思考が始まります。