徒然草 身死して財残る事は 第百四十段 原文と現代語訳
卜部兼好(吉田兼好)の徒然草 第百四十段です。
原文、現代語訳、語句の意味・用法、と記します。
原文
身死して財(たから)残る事は、智者のせざるところなり。よからぬ物蓄(たくは)へ置きたるも拙(つたな)く、よき物は、心をとめけんと、はかなし。こちたく多かる、ましてくちをし。「我こそ得(え)め」などいふものどもありて、あとに争 ひたる、様(さま)あし。後(のち)は誰(たれ)にと心ざす物あらば、生(い)けらんうちにぞ譲(ゆづ)るべき。朝夕(あさゆふ)無くてかなはざらん物こそあらめ、その外は何も持たでぞあらまほしき。
原文と現代語訳
身死して財(たから)残る事は、智者のせざるところなり。
自分が死んだ後に財物が残ることは知恵のある者がしないことである。
よからぬ物蓄(たくは)へ置きたるも拙(つたな)く、よき物は、心をとめけんと、はかなし。
つまらない物を蓄えて置いてあるのも無様(ぶざま)であり、よい物は(それを蓄えていた人は、さぞかしそれに)執着していたであろうと(思われて)、うら寂しい気がする。
こちたく多かる、ましてくちをし。
(そうした遺物はわざかに残っていても、このような不都合が感じられるのだから、それが)うるさいほどはなはだしくたくさんあるのは、なおさら遺憾(いかん)である。
「我こそ得(え)め」などいふものどもありて、あとに争 ひたる、様(さま)あし。
「(それは)自分こそもらいたいものだ」などという者たちがあって、死後に争っているのはみっともない。
後(のち)は誰(たれ)にと心ざす物あらば、生(い)けらんうちにぞ譲(ゆづ)るべき。
死後は誰に(やろう)と考える物があるのなら、生きているであろう間にこそ譲るのがよい。
朝夕(あさゆふ)無くてかなはざらん物こそあらめ、その外は何も持たでぞあらまほしき。
朝晩どうしても無くてはならないであろう物こそは持っているのも仕方がなかろうが、そのほかは何も持たないでいたいものである。
現代語訳
自分が死んだ後に財物が残ることは知恵のある者がしないことである。つまらない物を蓄えて置いてあるのも無様(ぶざま)であり、よい物は(それを蓄えていた人は、さぞかしそれに)執着していたであろうと(思われて)、うら寂しい気がする。(そうした遺物はわざかに残っていても、このような不都合が感じられるのだから、それが)うるさいほどはなはだしくたくさんあるのは、なおさら遺憾(いかん)である。「(それは)自分こそもらいたいものだ」などという者たちがあって、死後に争っているのはみっともない。死後は誰に(やろう)と考える物があるのなら、生きているであろう間にこそ譲るのがよい。朝晩どうしても無くてはならないであろう物こそは持っているのも仕方がなかろうが、そのほかは何も持たないでいたいものである。
語句の意味・用法
身死して財(たから)残る事は、智者のせざるところなり。よからぬ物蓄(たくは)へ置きたるも拙(つたな)く、よき物は、心をとめけんと、はかなし。こちたく多かる、ましてくちをし。「我こそ得(え)め」などいふものどもありて、あとに争 ひたる、様(さま)あし。後(のち)は誰(たれ)にと心ざす物あらば、生(い)けらんうちにぞ譲(ゆづ)るべき。朝夕(あさゆふ)無くてかなはざらん物こそあらめ、その外は何も持たでぞあらまほしき。
拙(つたな)く
つまらない、みっともない、といった意。
我こそ得(え)め
「む」の已然形。意志・願望を表しています。
「こそ」で、意味が強められています。
「自分こそもらいたいものだ。」
生(い)けらん
「生け」→ 四段動詞「生く」の已然形。
「ら」→ 完了の助動詞「り」の未然形。
「生きているであろう」
物こそあらめ
「こそあらめ」→ 下に「~が、しかし……」と逆接が続きます。
「~物こそ持ちてあらめ」と「持ちて」を補うと、意味がはっきりしますね。
「~物こそは持っていてもしかたがなかろうが、(しかし)……。」