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宇治拾遺物語  信濃国筑摩の湯に観音沐浴の事 原文と現代語訳 巻六の七 

#解説,#語句

宇治拾遺物語 巻第六の七 原文

 今は昔、信濃国に筑摩(つくま)の湯といふ所に、よろづの人の浴(あ)みける薬湯(くすりゆ)あり。

そのわたりなる人の夢に見るやう、「明日の午(うま)の時に観音、湯浴み給ふべし」と言ふ。

「いかやうにてか、おはしまさんずる」と問ふに、いらふるやう、「年三十ばかりの男の、髭(ひげ)黒きが、綾藺笠(あやゐがさ)着て、節黒(ふしぐろ)なる胡籙(やなぐひ)、皮巻きたる弓持ちて、紺の襖(あを)着たるが、夏毛の行縢(むかばき)はきて、葦毛(あしげ)の馬に乗りてなん来べき。それを観音と知り奉るべし」と言ふと見て、夢さめぬ。

おどろきて、夜明けて、人人に告げまはしければ、人人聞きつぎて、その湯に集まること限りなし。

湯をかへ、めぐりを掃除し、しめを引き、花香を奉りて、ゐ集まりて待ち奉る。

 やうやう午の時過ぎ、未になるほどに、ただこの夢に見えつるにつゆ違(たが)はず見ゆる男の、顔より始め、着たる物、馬、何かにいたるまで、夢に見しに違はず。

よろづの人、にはかに立ちて額(ぬか)をつく。

この男、おほきに驚きて、心もえざりければ、よろづの人に問へども、ただ拝みに拝みて、そのことといふ人なし。

僧のありけるが、手をすりて、額(ひたひ)に当てて、拝み入りたるがもとへ寄りて、「こは、いかなることぞ。おのれを見て、かやうに拝み給ふは」と、よこなまりたる声にて問ふ。

この僧、人の夢に見えけるやうを語る時、この男言ふやう、「おのれはさいつころ、狩をして、馬より落ちて、右の腕をうち折りたれば、それをゆでんとて、まうで来たるなり」と言ひて、と行きかう行きするほどに、人人、しりに立ちて拝みののしる。

 男しわびて、我が身はさは観音にこそありけれ。ここは法師になりなんと思ひて、弓、胡籙、太刀(たち)、刀切り捨てて、法師になりぬ。

かくなるを見て、よろづの人泣きあはれがる。

さて、見知りたる人出で来ていふやう、「あはれ、かれは上野(かんつけ)の国におはする、はとうぬしにこそいましけれ」と言ふを聞きて、これが名をば馬頭観音とぞいひける。

 法師になりて後、横川(よかは)にのぼりて、かてう僧都の弟子になりて、横川に住みけり。

その後は土佐国に往(い)にけりとなん。

語句の意味

・綾藺笠(あやゐがさ) → 藺草(いぐさ)で編んだ笠。武士が狩猟などをする際に用いた。

・節黒(ふしぐろ)なる胡録(やなぐひ) → 矢柄の節の下を黒漆(うるし)で塗った矢を入れた胡録。

 胡録とは、矢を入れて背負う武具。

・襖(あを) → 狩衣。

・夏毛の行縢(むかばき) → 鹿の夏の毛で作られた行縢。

 行縢とは、乗馬の際、腰に着けて垂らし、脚の前面を覆うもの。

・横川 → 比叡山の三塔のひとつ。

・かてう僧都 → 源信の弟子。覚超僧都のこと(と思われる)。 

宇治拾遺物語 巻第六の七 現代語訳

 今となっては昔のことだが、信濃国の筑摩の湯という所に、たくさんの人が浴びる薬湯があった。

その近くに住む人が夢に見たことには、「明日の午の刻に、観音が湯浴みなさるだろう」と言う。

「どんなようすでおいでになるのでしょうか」と問うと、こたえることには、「年は三十ほどの男で、髭は黒く、綾藺笠を被り、節黒の胡録と革巻きの弓を持ち、紺の狩衣を着、夏毛の行縢を履き、葦毛の馬に乗ってやってくるだろう。それが観音であると存じあげよ」と言うのを見て、夢からさめた。

おろどき、夜が明けてから人人に告げてまわると、人人は聞き継いで、その湯に集まることこの上なかった。

湯をかえ、辺りを掃除し、注連縄(しめなわ)を張り、花や香を供え、集まり、お待ち申し上げた。

 しだいに、午の刻が過ぎ、未の刻になる頃、まさに夢で見たのとまったく違わずに見える男が(現れた)、顔から始め、着ている物、馬、何から何にいたるまで夢に見たのと違わない。

多くの人は突然、額を地におしつけ拝んだ。

この男は、大いに驚き、事情がわからなかったので、多くの人に尋ねたが、人人は、ただ拝むばかりで、その事情はこれこれと言う人など、いない。

(そこに)僧がいて、手をすり合わせ、(その手を)額に当てて拝み入っている(その僧)のところへ(この男は)寄っていって、「これはいったいどのようなことなのか。俺を見て、このように拝みなさるのは」と、なまった声で尋ねる。

この僧は、(ある)人が夢に見た様(さま)を語ると、この男が言うことには、「俺はさきごろ、狩りをして、馬から落ちて、右の腕を打ち折ったので、それを湯治しようと思い、(こちらに)参ったのだ」と言って、(「俺はこないだ、狩りをして、馬から落ちて、右腕を折って、それで湯治しに来ただけなんだよ」)と(言いながら)行ったり来たりするほどに、人人は(男の)後をついてまわって、大声で拝む。

男は、途方に暮れ、困りはてて、(え? えっ? あれ? あれ~?)自分こそは、それでは観音であったのか。(いっそのこと)ここは、法師になってしまおうと思い、弓、胡録、太刀、刀を、切り捨て、法師になった。

これを見て、多くの人は泣いて感動した。

そうして、物事をよく理解している人が出て来て言うことには、「ああ、あの方(かた)は、上野国においでになる、ばとうぬしでいらっしゃる」と言うのを(人人は)聞いて、この方の名を、馬頭観音と呼んだ。

 (男は)法師になって後、(比叡山の)横川に行き、覚超僧都の弟子になって、横川に住んだ。

その後は土佐国に行った(行って、住んだ)ということだ。

解説 自分自身に目覚める

 あれ? 俺って、観音だったの?

 宇治拾遺物語、おもしろいですね。 

 笑えます。

 今回の「男」は、みんなに、「観音、観音」と拝みまくられて、あれ? 俺、観音だったの? ……そうか、観音だったのかぁ……、じゃあ、法師になるかぁ、と目覚めちゃうわけですね。

 それを、人人が、「お~!」と泣いて感動するのが、またおもしろいです。

 人人にとっては、ありがたいことなんですね。

 そりゃ、まあ、そうそう無いことでしょう。 

力の覚醒(かくせい)

 自分自身の持っている力に気づかず、一生を終えてしまう人は、多いものです。

 日日の生活に何の疑問も持たず、そもそも考えるということをせず、ただただ生きていると、社会や会社や家族といった枠の中で与えられた役割だけを演じる、なんてことになるんですね。

 環境が持つ意味は大きいものです。

 そして、自分の才能を眠らせてしまうのは自分自身です。

 まあ、自分の人生ですからね。

 宇治拾遺物語の「男」のように、誰かに、力を覚醒(かくせい)させてもらうか。

 あるいは、自身で覚醒するか。

 ただ、才能を開花させるには、継続、努力が必要なんですよね。

 あれ? じつは、俺、足、速かったんだ……、オリンピック目指すか……。

 あれ? じつは、あたし、モテモテだったんだ……、アイドルになろ(う)!

 なんてことだって、それに気づいてからの、先がまだまだあるんですよね。

 才能は、自身で磨いていくものですからね。

 でも、それが好きなことなら、やれる、頑張れるのだと思います。

「持て持て」 新明解 第四版

 ちなみに、「モテモテ」とは、「持て持て」で、おもしろ解説でお馴染みの「新明解 第四版」には、「持てて持てて、しようが無いこと」とあります。

 僕は、はじめてこれを読んだとき、一人で、小さく笑いました。

 なにせ、「しようが無い」って、施(ほどこ)すべき手がない、始末に負えない、どうにも処理できない、ってことですからね。

 まあ、「持て持て」って、そういうことなんですね。

 くすっと笑いました。

「新明解 第四版」は、おもしろい解説が満載です。

本当に楽しい辞書です。

辞書の使い方 意味の理解

解説 馬頭観音

 馬頭観音は、頭が馬で、身体は人という「馬頭人身」か,あるいはまた、顔は人で、馬の冠をかぶっている「人面馬冠」の姿です。

 観音、というと、穏やかな相(そう)を思い浮かべる人が多いでしょうが、馬頭観音は「忿怒(ふんぬ)」の相です。

 憤(いきどお)り、怒った相。

「くぉ~ら~!」ってな具合です。

 というのも、馬頭観音は、六道(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道)の中の、「畜生道」に配されていて、そこの住類を救うんですね。(「道」は、「世界」です。)

そして、「魔」については、馬のような勢いで打ち伏せる。

「くぉ~ら~!」って倒すわけです。

(「打ち伏せる」の「打ち」は、「伏せる」を強める接頭語です。)

 昔から、馬は、旅にも、戦いにも、農耕にも、幅広い用途で使われ、人の生活の中で、とても身近な生き物でした。

「馬頭観音」が、各地に数多く、祀(まつ)られているのは、馬の保護神としての信仰です。

 あなたがお住いの近くにも、あるのかもしれません、「馬頭観音」。

 馬は、きれいだし、かわいいですね。

2022年6月8日「雑記帳」#解説,#語句

Posted by 対崎正宏