お包みいたします お包みさせていただきます 「千円から」ビジネス敬語
依頼・許可→こちらにもメリット→「させていただきます」
「させていただきます」は、相手から「依頼」があったり、「許可」があったりした上で、こちらに「恩恵(メリット・得すること)」があるときに使える謙譲語です。
「させていただく」は、相手の思いを尊重した上での言葉
敬意というものがあれば、相手の意向を無視して、つまり「許可」を得ずに、勝手にふるまう、「させていただく」なんてことはありませんよね。
相手の思いがわからない状態での、「させていただきます」は誤用です。
何かしらのことをする「許可」を得て、それによる「恩恵」を受けることへの謝意からの言葉が「させていただきます」です。
自分にとって「ありがたい」という気持ちがなければ、「させていただく」は適した使い方とはならないんですよね。
十二分の敬語 「いたします」
何かしらをする上で、わざわざ相手に「許可」を得る必要もなく、行動した結果、「恩恵」を受けるかどうかなどと考える必要もないのが、「いたします」です。
もちろん、何かしらをする上で、相手からの「依頼」や「許可」があった場合でも、「いたします」は使えます。
「する」の謙譲表現が、「いたします」です。
そんな、「いたします」の例を次にあげてみます。
ある店で、ゴージャスな御婦人が、商品を手に、レジにやってきたとしましょう。
ゴージャス御婦人「これを、友人にプレゼントしたいの」
店長「承知いたしました。ゴージャスにお包みしましょうか?」
ゴージャス御婦人「そうね。ゴージャスがいいわ」
店長「はい。ゴージャスに、お包みいたします」
このように、「いたします」でOKです!
上の例では、「許可」を得てもいます。
「いたします」は、いつだって使えるんです。
もし、「店長」が、お客さんに商品を購入してもらえて、感謝の気持ちを抱いたら、
「はい。ゴージャスにお包みさせていただきます」でもOKです!
でも、特にそういう感情を抱かなかったら、「お包みいたします」です。
「いたします」は、しっかりとした敬語です。
十二分に礼のある言葉です。
心があって、敬語がある
上の例の「店長」は、「ゴージャスな御婦人」、「商品」、「友人にプレゼント」というキーワードから、「ゴージャス」に包むことが、最良と考えたわけです。
そして、「ゴージャス」に包みたい、と思ったわけです。
しかし、好みの問題もありますから、お客さんに訊ねたわけです。
「配慮」です。
思考という「心」です。
その「心」があって、敬語があります。
そしてまた、敬語は、言葉です。
言葉を扱う人間の「心」で、敬語の完成度は違ってきます。
「心」は、言葉、話し方、表情、立ち居振る舞いに表れます。
だから、たとえ、敬語の使い方が間違っていなかったとしても、「心」がこもっていなければ、受け手側の印象は悪くなります。
「千円から」、「見れる」、誤用の原因は、助詞と助動詞
多くの人がやる言葉の誤用の根本原因は、「助詞」や「助動詞」を理解していないところにあります。
よけいな助詞をいれたり、必要な助動詞を抜いたりする。
「千円から、お預かりします」の、「から」は助詞です。
この「から」という助詞と、「千円」という言葉、「お預かりします」という言葉をつなぐことはできません。
意味が成立しないからです。
(もちろん、「五千円から、お預かりします」だって、「一万円から、お預かりします」だって、間違いですよ。意味が成立しません。)
お客様に、しっかりとした応対をするのなら、「千円を、お預かりします」、または「千円、お預かりします」です。
「千円、お預かりします」は、「千円を、お預かりします」の「を」を省略した形です。
「お預かりします」とは、「何を」お預かりするのか、ということなんです。
だから、「から」ではなく、「を」なんです。
また、「海は見れますか」の言い方も、誤りです。
「海は見れますか」の「れ」は、助動詞「れる」を使ったもので、「れる」は、動詞「見る」に接続することができないんです。
「見る」に接続できる助動詞は「られる」です。
だから、正しくは、「海は見られますか」となります。
「れる」、「られる」の用法は、こちらをどうぞ → 「ら抜き言葉」 助動詞「れる」・「られる」の用法