論理的な思考ができないとは?

「大人の読む力」の「論理的な思考ができない人の五つの特徴」

「大人の読む力」の「論理的な思考ができない人の五つの特徴」の箇所を、どうぞご確認ください。

以下が原形です。

本来あるべき姿です。

〈客観性を持たない世界観〉

経験ばかりを重視していると、主観が強く働き、論理的な思考からは遠のきます。ただ情(じょう)に訴え、勢いで押していくことになります。

経験は、まったく個人的なものです。個の思考の力と直結します。何事かを経験しても、そこから論理的な深い思考ができなければ、世界観が広がることはありません。経験から学ぶというのも、そこで論理的な思考が働いてこそでしょう。

人は、客観的、論理的といった思考を学ばなければ、ただ生きていくだけになってしまいます。それは、ただ経験していくだけということ。

そうしてつくりあげられる世界観は、当然のことながら、個の経験からのみの世界観になります。問題解決も、意味の完結も、個の経験からのみの世界でなされることになります。

より良く生きていくためには、客観的で、論理的な思考の力が必要である所以(ゆえん)です。

〈コミュニケーション力がなくて、自己主張ばかりする〉

相手の言葉に耳を貸さない人、相手の話を自分勝手に解釈する人、自己主張ばかりする人、コミュニケーション力に問題ありで、論理的な思考力のない人です。

コミュニケーションにおいて、自分の考えを伝えることはもちろん大切なことですが、それも、他者の存在があってこそでしょう。他者の存在を認識できなければ、コミュニケーションは成り立ちません。

視野の広さ、大きな世界観とは、自己と異なる考え、その存在を許すことであり、それに敬意を持つことでもあります。それは、自身もまた多くの他者からの許しや認識があって存在しているということへの理解でもあります。

一面的な独りよがりではない思考、それが論理的な深い思考です。

優れたコミュニケーション力と論理的な深い思考の力は通じているのです。

〈回答だけを求めて、内容を軽視する〉

まず、回答を伝える。連絡、報告、コミュニケーションにおいても、それは大切なことです。回答をいわずに、相手側をやきもきさせては、信頼も得られません。相手の気持ちを察するのは、コミュニケーション力でもあり、論理的な思考力でもあります。

しかしながら、回答だけを求めて、内容にはまるで関心を持たない人がいます。

論理的というのは、答えに至るまでの筋道(すじみち)をいいます。その内容をいいます。それを求めないというのは、その思考をしていないということです。

いい回答を得たと喜んでいたら、その内実(ないじつ)を後から知って慌てたなんて経験をした人も、もしかしたら、いるかもしれません。

論理は、ただ答えを示せばよいというのではありません。とにかく説明は短いほうがよいというのでもありません。論理とは、内容であり、その形です。だから、自身の思考を磨くこともできるし、製品にも、作品にも仕上げることができるのです。

回答だって、内容説明、証明があってこそ光るものでしょう。