修飾する言葉と、修飾される言葉
続き記事です。本記事は、「その4」になります。
こちらからどうぞ
その3 客観的な読み方、考え方
その2 読解時の視点、書く際の視点
その1 書き方がわかれば、読める
修飾で成り立つ意味
修飾する言葉と、修飾される言葉
修飾される言葉が「主」、修飾する言葉が「従」の関係になります。
修飾で成り立つ意味に注意しましょう。
「智恵子は東京に空が無いといふ、/ほんとの空が見たいといふ」。詩人の高村光太郎は生前の妻の言葉を「あどけない話」という作品にそう残している。
〇 「詩人の」は、「高村光太郎」を修飾しています。
→ 「詩人の高村光太郎」
〇 「生前の妻の言葉を」は、述語の「残している」を修飾しています。
→ 「生前の妻の言葉を」「残している」
(※「生前の」は「妻」を修飾しています。→「生前の妻」)
〇 「生前の妻の」は「言葉」を修飾しています。
→ 「生前の妻の言葉」
〇 「『あどけない話』という作品に」は、「残している」を修飾しています。
→ 「『あどけない話』という作品に」「残している」
(※「あどけない」は「話」を修飾しています。→「あどけない話」)
〇 「『あどけない話』という」は、「作品」を修飾しています。
→ 「『あどけない話』という作品」
〇 「そう」は、「残している」を修飾しています。
→ 「そう」「残している」
指示語は、重要な言葉
指示語が記されていたら、注意しなければいけません。指示語で指し示される言葉は、必ず重要な言葉となります。
指示語は、今何をキーとして話を進めているかを示す言葉です。
では、ここで問題です。
練習問題
問 「そう」の内容を次のどれでしょう。
① 「あどけない話」という作品
② 生前の妻の言葉
③ 高村光太郎
④ 「智恵子は東京に空が無いといふ、/ほんとの空が見たいといふ」
自分が選んだ答が正しいかどうかは、指示語と置きかえて、一文を読んでみましょう。
ヒント
「詩人の高村光太郎は生前の妻の言葉を『あどけない話』という作品に〇〇残している。」
答
答は、この下です。 ↓
答は、ここ、ここ。 ↓
正解は、④です。
「智恵子は東京に空が無いといふ、/ほんとの空が見たいといふ」
詩人の高村光太郎は生前の妻の言葉を「あどけない話」という作品にそう残している。
よって、第一文と第二文をひとまとまりに、一文に書きかえることも可能です。
詩人の高村光太郎は生前の妻の言葉を「あどけない話」という作品に「智恵子は東京に空が無いといふ、/ほんとの空が見たいといふ」と残している。
意味の破綻がなければ、書きかえが可能
書きかえは、意味の破綻がないから可能なんです。
もし、意味が破綻している文章、つまり、指示語の指し示す内容が記されていない文章であれば、不可能です。
指示語の指し示す内容は、基本的に指示語よりも前に記されます。直前の文、という書き方が最も一般的な書き方です。(※そうでない場合も、ありますからね。注意しましょう。)
では、ここで問題です。
問 どうして、「春秋」の書き手は、二文で書いたのでしょう。
① 長い一文だと読みにくいから
② 文章最終部とのつりあい
③ なんとなくの気分
④ そんなことは、書き手本人に聞いてみなければわからない
解答・解説は次回で。
「智恵子は東京に空が無いといふ、/ほんとの空が見たいといふ」。詩人の高村光太郎は生前の妻の言葉を「あどけない話」という作品にそう残している。東京で体を壊しては故郷の福島で調子を戻す。そんな彼女にとり、本当の空は故郷の山の上に広がる青空だった。
「空が無い」東京も、終戦直後は広々とした青空が覆っていた。東京・九段下の博物館「昭和館」で開催中の写真展「希望を追いかけて」で、改めて知った。焼け跡、バラックの家、平屋かせいぜい2階建ての商店街。永田町も渋谷も表参道も、空の青さとそこここに残る緑が印象的だ。撮影者は米国の鳥類学者だという。
同じ昭和館で「女学生たちの青春」という企画展も開催している。こちらは戦争中の写真が中心で、訓練で銃を構え、ガスマスクを付け、あるいは動員されて工場や畑で働く少女たちの緊張した面持ちが並ぶ。比べて見るせいか、戦後を生きる人々の顔は子供も大人も明るい。あけっ広げな街の空気が、それとよく似合う。
いま東京は何度目かの再開発ブーム。オフィスに商業施設に小ぎれいなビルが増え、空は狭くなるばかりだ。「一億総活躍」の旗のもと、そこで働く人たちの顔は輝いているだろうか。智恵子は最後に心のバランスを崩した。明日から連休。しばし喧噪を離れ、ふるさとで、近くの公園で、自分だけの青空を探すのもいい。
(日経新聞「春秋」2018/4/27)